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大阪高等裁判所 昭和60年(ラ)278号 決定

抗告人(債権者)

安宅建材株式会社

右代表者

神戸昭雄

右代理人

熊谷尚之

高島泰夫

田中美春

債務者

破産者伊吹産業株式会社破産管財人

出口治男

第三債務者

富洋建材有限会社

右代表者

富田洋助

主文

一、原決定を取消す。

二、本件を京都地方裁判所へ差戻す。

理由

第一、抗告の趣旨と理由

別紙記載のとおりである。

第二、当裁判所の判断

一、動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使するためには、民法三二二条、三〇四条一項に基づき先取特権者自らが債務者の第三債務者に対する売買代金をその払渡前に差押えることを要するところ、その差押には民事執行法一九三条一項所定の「担保権の存在を証する文書」を執行裁判所に提出しなければならない。

この「担保権の存在を証する文書」(以下、「担保権証明文書」ともいう)とは、同法一八一条一項一号ないし三号、同法一八二条との対比、それらの立法の経緯、先取特権の実効性の維持、債務者の保護などの諸点を考慮すると、必ずしも公文書であることを要せず、私文書をもつて足るし、一通の文書によらず複数の文書によることも許されるが、それによつて債務者に対する担保権の存在が高度の蓋然性をもつて証明される文書であることを必要とする。観点をかえてみると、そこには文書をもつて担保権の存在を証明することを要する一種の証拠制限が存在するといえる。

したがつて、右の担保権証明文書は、動産売買の先取特権に即していえば、債務者が直接関与して作成した当該商品の売買契約書等のいわゆる処分証書がこれに該ることはいうまでもないが、前示民事執行法一九三条一項は厳格な法定証拠を定めたものではないから、債務者が関与作成した債権者債務者間の商品売買の基本契約書があり、それに基づく当該商品の移転と債務者が作成した転売先たる第三債務者への納品書、メーカーから転売先へ直送した当該商品の運送業者保管にかかる商品受領書(転売先の押印あるもの)など複数の文書を総合して、担保権の存在が高度の蓋然性をもつて肯認される場合には、同条所定の担保権証明文書といつて差支えないと考える。

二、一件記録中の抗告人が原審で提出した(一)債権者(抗告人)が破産前の債務者会社である伊吹産業株式会社(以下、「債務者会社」という)あてに発行した請求書控(以下、甲第一号証という)、(二)債権者(抗告人)が吉野石膏株式会社(以下「メーカー」ともいう)に本件商品を発注し、メーカーが第三債務者に商品を直送したことを示す同メーカー大阪支店作成の出荷案内書(甲第二号証という)、(三)同メーカーが債権者及び債務者会社両名宛に発行した請求書(甲第三号証)、(四)債務者会社が直接関与作成したと認められる本件商品を第三債務者(転売先)に引渡し、同人がこれを受領したことを示す納品書(甲第四号証の一という)、(五)本件商品と同種商品の売買に関する債務者会社が直接関与して作成した債権者(抗告人)、債務者会社間の基本契約書(甲第五号証という)ならびに当審で抗告人が追加提出した、(六)前示(四)と同一の納品書(この摘要欄には「3/25メーカー直送」の付記が鮮明である)(甲第四号証の二という)、(七)木座運送店が第三債務者へ運送した本件商品の第三債務者の押印がある運送品の受領書(甲第六号証という)を総合すると、次の各事実が認められる。

(一)、抗告人安宅建材株式会社と債務者会社(破産者伊吹産業株式会社)とは、昭和五二年七月一日、別紙売買基本契約書(甲第五号証)を作成し、以来一年ごとに自動更新により、同契約書所定の売買基本契約が締結されているところ、その第一条は「甲(抗告人安宅建材株式会社を指す)乙(債務者会社伊吹産業株式会社を指す)間における商品売買に就ては、個々の売買契約書を省略し、本売買基本契約書の条項に従うものとする。」と定め、第二条では、「本基本契約は次の要領により行うものとする」と定めた上、「(1)価格、(2)受渡条件、(3)発注方法、(4)出荷手続、(5)出荷案内、(6)商品の受領、(7)代金決済、(8)クレームの処理」について細目を約定している。

(二)、右第二条によれば、(1)甲は乙より商品の規格、数量及び納期の通知を受け、之を受諾した時は遅滞なく甲の仕入先に対し出荷手配を行うものとする(第二条の(3)、(4)項)。(2)甲の乙に対する出荷案内書は甲の仕入先より直接乙に送付するものとする(同(5)項)。(3)乙の荷渡指図先が商品を荷受する時は物品受領証に荷受人署名捺印の上、之を甲の仕入先指定運送業者に引渡すものとする(同(6)項)。(4)甲は旬日毎に出荷商品代金の請求書を乙宛に送付し、乙は当該請求書に添付する甲宛の物品受領証に署名捺印の上、甲宛に送付するものとする(同(6)項)。(5)乙は毎月二〇日にその間に於ける請求書を締切り、末日起算一二〇日期日の約束手形を以つて毎月末日に商品代金を支払うものとする(同(7)項)と、甲乙間の個別売買取引の要領を定めている。

(三)、本件商品に関する甲乙間の取引の実際をみるに、メーカーの吉野石膏株式会社大阪支店は注文先であり、かつ第一問屋にあたる抗告人安宅建材株式会社(甲)及び第二問屋にあたる債務者会社、伊吹産業株式会社(乙)に対し別紙商品目録(一)記載の商品を福井県大飯郡(第三債務者)富洋建材有限会社あて出荷する旨の昭和六〇年三月二五日付の出荷案内書(注文番号〇三五七九号)(甲第二号証)を発し、右第三債務者富洋建材有限会社は、同日注文先債務者会社たる伊吹産業株式会社からの別紙商品目録(二)記載の商品(以下「本件商品」という)を受領した旨の、右第三債務者の受領印のある受領書(甲第六号証)を作成し、仕入先指定運送業者(木座運送店)に引渡した。(甲第六号証の商品名が「TBC」と記載され甲第二号証の同「TB(C)」と異なつているが、TBのあとの(C)はプラスターボードの両面に貼布されている紙の色がクリーム色を示すものであることは記録上明らかであり、これが括弧書きを省略して「TBC」と表記したものと認められ、両者の商品は同一のものであると認定できる)

かくてメーカーである吉野石膏株式会社では抗告人に対し昭和六〇年四月二〇日、別紙商品目録(一)記載の売買代金合計金二二万〇、四〇〇円を甲及び乙あて請求し(甲第三号証)、甲は昭和六〇年三月三〇日付発行の右商品の代金合計金二二万〇、四〇〇円の請求書(注文番号三五七九号)を乙あてに送付した(甲第一号証)。

しかし、その後破産した乙は基本契約書の定めに従い右請求書に添付する甲宛の物品受領証に署名押印の上、甲宛に送付すべきにかかわらずこれを送付せず、右請求代金も支払わない。

(四)、しかしながら、乙は第三債務者である富洋建材有限会社に対し、昭和六〇年三月三〇日付伝票番号一九の納品書(甲第四号証の一、二)を発行しており、これによれば別紙商品目録(二)記載の商品を納品したことを自認している。ところでこの目録(二)記載の商品名は、「プラスター ボード9m/m3×6、同12m/m3×6、ラスボード7m/m3×6」とあるが、それは別紙商品目録(一)記載の商品名(記号)の一般名を記したものであり、単価も同目録(一)記載の単価に対し、末端価格として五円ないし一〇円の上乗せがなされているほかは、債務者会社である伊吹産業株式会社は第二問屋として、第一問屋たる抗告人安宅建材株式会社から、同人がメーカーの吉野石膏株式会社から仕入れた本件商品を買受け、これを第三債務者富洋有限会社に売買したことが認められる。

したがつて、以上のとおり抗告人が提出した売買基本契約書(甲第五号証)、出荷案内書(甲第二号証)、受領書(甲第六号証)、メーカー吉野石膏株式会社及び抗告人作成の各請求書(甲第一、第三号証)債務者会社である伊吹産業株式会社の納品書(甲第四号証の一、二)を総合すると、本件商品が抗告人と伊吹産業株式会社間、及び同会社と富洋建材有限会社間で順次売買された事実及びこの各売買に基づき抗告人は民法三二二条、三〇四条一項に照らし別紙差押債権目録記載の売買代金債権につき本件商品の動産売買による先取特権に基づく物上代位権を有することが認められる。これを換言すれば、右抗告人提出の前示各文書(甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五、第六号証)は民事執行法一九三条一項所定の「担保権の存在を証する文書」に該るものというべきである。

第三、結論

以上のとおりであるから、抗告人の動産売買たる本件商品売買の先取特権に基づく物上代位により債務者会社たる伊吹産業株式会社の破産管財人である債務者が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の売買代金債権の差押を求める本件債権差押命令の申立は理由があり、これを認容すべきものである。

なお、先取特権者は、債務者が破産宣告を受けた場合であつても、目的債権を自ら差し押えて物上代位権を行使することができる(最判昭和五九・二・二民集三八巻三号四三一頁参照)。

よつて、本件債権差押命令申立を却下した原決定を取消し、執行裁判所たる原裁判所に右債権差押命令を発付させるため本件を原裁判所に差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官長谷喜仁 裁判官吉川義春)

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

抗告人(債権者)が債務者に対して有する請求債権の弁済に充てるため、担保権目録記載の先取特権(物上代位)に基づき、債務者が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の債権を差し押さえる。

との裁判を求める。

別 紙   差押債権目録

金二二〇、四〇〇円

ただし債務者が昭和六〇年三月二五日第三債務者に売り渡し、納入した下記商品の売買代金債権二二六、二〇〇円のうち、請求債権二二〇、四〇〇円に充つるまで。

商 品 の 表 示

吉野石膏株式会社製 石膏ボード

品名 規格 数量 単価(円) 金額(円) 坪

1 TB(C) 9m/m 3×6 三二〇 二九〇 九二、八〇〇 一六〇

2 NLB 7m/m 3×6 四〇〇 二七五 一一〇、〇〇〇 二〇〇

3 TB(C) 12m/m 3×6 六〇 三九〇 二三、四〇〇 三〇

別 紙商品目録(一)

商 品 の 表 示

吉野石膏株式会社製 石膏ボード

品名 規格 数量(枚) 単価(円) 金額(円)

1 TB(C) 9m/m 3×6 三二〇 二八〇 八九、六〇〇

2 NLB 7m/m 3×6 四〇〇 二七〇 一〇八、〇〇〇

3 TB(C) 12m/m 3×6 六〇 三八〇 二二、八〇〇

合計二二〇、四〇〇円

別 紙商品目録(二)

商 品 の 表 示

吉野石膏株式会社製 石膏ボード

品名 規格 数量(枚) 坪

1 TBC 9m/m 3×6三二〇 一六〇

2 NLB 7m/m 3×6四〇〇 二〇〇

3 TBC 12m/m 3×6六〇 三〇

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